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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)928号 判決

原告

辻村勝

右訴訟代理人弁護士

村松昭夫

谷智恵子

城塚健之

被告

大軽タクシー労働組合

右代表者執行委員長

横山泰久

右訴訟代理人弁護士

大澤龍司

主文

一  本件訴えのうち、平成五年一一月二八日付け陳謝処分の無効確認を求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対してした平成五年一一月二八日付け陳謝処分(以下「本件陳謝処分」という。)及び同年一二月二五日付け権利停止三年の処分(以下「本件権利停止処分」という。)が、いずれも無効であることを確認する。

二  被告は原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告が原告に対してした本件陳謝処分及び本件権利停止処分(以下両者をあわせて「本件各処分」という。)がいずれも無効であるとして、それらの無効確認を求めるとともに、本件各処分をしたことが不法行為に該当するとして、被告に対し、慰謝料の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実

1  当事者

原告は、昭和四六年二月にオーケータクシー株式会社(以下「会社」という。)に入社し、同年四月に被告に加入し、その後中央委員七期、執行委員七期、副委員長四期を歴任した後、平成五年二月九日まで被告執行委員長を務めていたが、同日開催された被告の第三五回定期大会(以下「第三五回定期大会」という。)の役員選挙において信任されず、執行委員長を退いた。

被告は、会社の従業員によって組織されている労働組合であり、全国自動車交通労働組合大阪地方連合会に加盟している。

2  原告による保険関係成立届等の提出

原告は、執行委員長を退いた後である平成五年三月三日、東大阪労働基準監督署(以下「労基署」という。)に対し、「執行委員長辻村勝」との名義を用い、被告の組合印(以下「組合印」という。)を押捺して作成した被告名義の労働保険・保険関係成立届(以下「保険関係成立届」という。)及び労働保険概算・増加概算・確定保険料申告書(以下「保険料申告書」という。)を提出した。

3  本件各処分

(一) 被告は、平成五年一一月二八日の中央委員会において、原告に対し、原告が組合印を無断で持ち出して使用したことを理由に、同日付けで本件陳謝処分を行い、同年一二月二〇日までに中央委員会に対し陳謝文を提出するべきことを決定した。

(二) 被告は、平成五年一二月二五日の中央委員会において、原告が本件陳謝処分に従わなかったことを理由として、同日付けで、原告に対し本件権利停止処分を行うことを決定した。

二  原告の主張

1  本件各処分は、前執行部に対し嫌悪感を抱いている被告の現執行部が、原告を組合活動から排除する意図の下に、何らの処分理由がないのに、組合規約を無視して強行したものであり、違法、無効なものである。

(一) 原告が被告名義の保険関係成立届等を労基署に提出した経緯は以下のとおりであり、原告は被告の仲地滝信書記長(以下「仲地」という。)の了解を得たうえで組合印を借り受けたのであって、本件陳謝処分は虚偽の事実を前提にしたものである。

(1) 被告の組合書記であった八木智津子(以下「八木」という。)が、平成五年二月九日開催の第三五回定期大会において、同月二〇日付けで退職することが決議された。ところが、八木は、形式的には会社の従業員として雇用保険に加入していたため、会社が失業保険の手続を進めたところ、会社は、八木が被告の都合で退職するにもかかわらず、自己都合退職としての処理しか認めなかったため、同人の失業保険は、申請の三か月後からしか支給されないとのことであった。

(2) そこで、会社の経理課長である側島康子(以下「側島」という。)は、平成五年二月末頃、被告が平成四年四月一日に遡って雇用保険適用事業所の設置を届け出て八木を雇用してきたことにし、その上で同人の退職を雇用主の都合による退職とする届出をすれば、同人は申請の一週間後から失業保険の給付を受けられる旨仲地に伝えたが、同人は八木の退職は前執行部のしたことであるから、前執行部でやればよいと答え、自ら進んで手続をしようとしなかった。

(3) 原告は、その頃、側島から右事情を聞き、早速、仲地に対し、側島の言うような手続をするように申し入れたところ、同書記長は、「八木には退職金が入っており、生活に困っていない筈なので、自分は手続をしない。やるなら前執行部がやればよい。」旨答えた。そこで、原告は、もと被告の副執行委員長兼財政部長であったが、同じく第三五回定期大会における役員選挙で落選した渡辺雅史(以下「渡辺」という。)と相談し、会社にも協力を頼み自ら右手続を行うこととした。

(4) 原告は、平成五年三月三日午前九時三〇分頃、渡辺とともに組合事務所に赴き、同所にいた仲地に対し、労基署に行って手続をするので組合印を貸して欲しい旨依頼したところ、同人はこれを承諾し、渡辺に金庫の鍵を渡した。渡辺は、仲地の眼前で金庫を開けて組合印を受け取り、原告は同人に「あなたが手続をしないから私と渡辺君でやってくる。」旨告げたうえ、原告及び渡辺は、会社の竹之下健営業第一課次長(以下「竹之下次長」という。)及び側島とともに労基署及び職業安定所に行って保険関係成立届等を提出した。この際、原告は、労基署及び職業安定所において、現在は組合役員でないことを話して了解を得たうえで右手続を行った。なお、渡辺は、右手続終了後、その日のうちに、仲地に対し、組合印を返した。

(二) 本件各処分は、組合規約に違反した手続によって行われたもので、違法、無効である。

(1) 組合規約第一一条一〇項は、「規約に基づいて懲罰に対して弁明すること」を組合員の権利として定め、懲戒処分を受ける場合は被処分者に対し弁明の機会が与えられるべきことを規定している。また、組合規約第三五条は、「罰則を適用する行為ありたる時は必要に応じ中央委員会及び執行委員会の承諾を得て懲罰委員会を設置することができる。」旨規定している。現に、これまでも懲戒処分をするに当たって、常に本人に弁明の機会が与えられ、あるいは懲罰委員会が設置されてきた。しかしながら、本件各処分に当たり、原告に弁明の機会は与えられず、懲罰委員会も設置されなかった。

(2) 被告が弁明の機会を与えたと主張しているものは、次のとおり組合規約に基づいた弁明の機会とはいえない。

ア 平成五年六月二日付けで被告から送られてきた回答依頼書なるものは、組合印の無断持ち出しという問題には全く触れておらず、処分に関し弁明をするべき旨も明示されていなかったから、本件各処分のための弁明とはいえない。

イ 平成五年七月一二日の労基署への呼出しは、第三者である労基署からのものであり、被告からの通知は全くなかったから、本件各処分のための弁明の機会とはいえない。

ウ 平成五年一〇月の明番者集会において、被告が原告に回答を求めたのは、〈1〉八木の退職金と退職年金との関係、〈2〉退職年金の廃止について、〈3〉なぜ事業所開設届を一年遡及してまで提出したのかとの三点についてであり、組合印の無断持ち出しには全く触れていなかったから、被告が原告に対し、右明番者集会への出席要請をしたからといって、本件各処分に対する弁明の機会を与えたことにはならない。

(三) 本件陳謝処分は、前執行委員長という経歴を有する原告の被告における地位及び名誉の点から見て看過できない重大な問題であるうえに、本件権利停止処分の前提になっており、その効力について判断を求めることが、当事者間の紛争解決のために最も有効適切な方法であるから、本件陳謝処分についても、無効確認の利益が認められるべきである。

2  本件各処分は、被告の故意又は過失によって違法になされたものであるから、原告に対する不法行為を構成し、原告は被告の右不法行為によって、著しい精神的苦痛を被った。その慰謝料は、一〇〇万円を下らない。

三  被告の主張

1  本案前の主張

本件陳謝処分は、権利又は法律関係に属しない単なる事実行為に過ぎず、原告に何ら具体的不利益を及ぼすものではないから、本件訴えのうち、本件陳謝処分の無効の確認を求める部分は、確認の利益を欠き、不適法である。

2  本件各処分の有効性、適法性

被告が本件各処分をするに至った経緯は以下のとおりである。本件各処分は、正当な理由に基づいて行われたものであり、原告には弁明の機会も十分に与えられ、手続的にも何ら問題がないので、適法かつ有効なものである。

(一) 原告は、平成五年二月九日開催の第三五回定期大会において、被告執行委員長を大差で不信任となり、執行委員長を退いたが、その後、渡辺と共謀し、組合事務所の金庫に保管してあった組合印を勝手に持ち出し、被告に無断で、被告名義の保険関係成立届及び保険料申告書を偽造し、平成五年三月三日付で、これらを労基署に提出した。

(二) 労基署から、平成五年四月頃、被告に対し保険料申告書が送付されてきたため、被告は、不審に思って調査したところ、被告の関知しない被告名義の保険関係成立届が労基署に提出されていることが判明した。

被告は、労基署に保険関係成立届の抹消を申し入れるとともに、同年五月一八日、同月二五日及び同年七月一日に、労基署の担当係官から事情を聴取した。一方、被告は、原告に対しては、平成五年六月二日付けで、保険関係成立届を提出した事実があるかどうか照会したが、原告からは何らの回答もなかった。

そこで、被告は、平成五年六月三〇日、原告の処分について中央委員会で審議したところ、慎重を期するため、さらに原告に弁明の場を保障することとし、同年七月七日以降に予定されていた労基署の呼出時に、中央委員会議長が出席することにし、同時に原告を呼び出し、その場で原告の弁明を聞き、その内容を労基署の担当官等と照合することが決定された。

(三) 労基署から、平成五年七月一二日付けで、同月一六日午後二時頃に来署されたい旨の事務連絡が被告執行委員長及び原告に対し送付されたが、右一六日に原告は労基署に出頭しなかった。

(四) 被告は、さらに慎重を期するため、平成五年一〇月四日から同月七日まで開催された明番者集会において原告に弁明の機会を与えた。ここで、原告は、保険関係成立届を提出したことを認めたうえで、「長年勤めた人に最小限の手を尽くすのがなぜ悪いのか。また、この件で誰が損をしたのか、誰に迷惑を掛けたのか知りたい。」旨発言した。

(五) 被告は、労基署からの度重なる事情聴取の結果及び明番者集会における原告の弁明の内容から、原告が執行委員長名を詐称して被告名で保険関係成立届を提出していたことが事実として明確になったとして、平成五年一一月二八日開催の中央委員会において、原告に対する本件陳謝処分を決定し、平成五年一二月一五日、仲地が原告に対し処分内容等を記載した通告書を手渡そうとしたが、原告はその受取りを拒否し、処分に従う意思はない旨明言した。

(六) 被告は、平成五年一二月一七日、原告に対し、重ねての処分を行わざるを得ないことを告知したうえ、平成五年一二月二五日開催の中央委員会に弁明のため出頭することを求めたが、原告は、同日開催された中央委員会に出頭しなかった。

そこで、被告は、原告の組合及び中央委員会の決定を無視する態度に鑑み、右中央委員会において、原告に対する本件権利停止処分を決定した。

四  争点

本件において、本件陳謝処分の無効確認の利益の有無と本件各処分の有効性如何及び本件各処分による不法行為の成否が争われ、具体的には、次の三点が争点となる。

1  本件陳謝処分の無効確認の利益が認められるか。

2  原告が、被告の組合印を無断で持ち出して保険関係成立届等を偽造したか。

3  本件各処分に当たり、原告に弁明の機会が与えられたか。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1について

労働組合が組合員に対してした統制処分に対し、組合員が右処分の無効確認を求めて訴えを提起することが認められるのは、当該統制処分が、組合員の法律上の権利又は地位に不利益を与える場合に限られると解すべきところ、被告の組合規約(〈証拠略〉)によれば、陳謝処分は、中央委員会に陳謝文を提出せしめ、中央委員会が公示するものとされているに過ぎず、組合員の法律上の権利又は地位に何ら不利益を与えるものではないことが認められ、また、本件陳謝処分を受けることによって、原告の組合員としての地位、名誉等に何らかの影響が及ぶとしても、それは事実上のものに過ぎないから、原告に本件陳謝処分の無効確認を求める法律上の利益はないということができる。

原告は、本件陳謝処分は、後続する本件権利停止処分の前提となっていることを理由に、本件陳謝処分自体の無効確認の利益を認めるべきであると主張するが、本件陳謝処分の効力は、本件権利停止処分の効力を検討するに当たって考慮すれば足り、それ自体独立して無効であることを確認する利益は存在しない。

したがって、本件訴えのうち、本件陳謝処分の無効確認を求める部分は不適法であるから、却下を免れない。

二  争点2について

1  当事者間に争いのない事実、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和六〇年に被告の副執行委員長に選任され、五期これを務めた後、平成二年に執行委員長に選任され、以後被告の執行委員長の地位にあった。また、渡辺は、平成元年以降被告の財政部長を務めていた。

しかしながら、原告は、平成五年二月九日開催の第三五回定期大会の役員選挙において委員長に立候補したが、不信任票が信任表を超えたため、再任されなかった。また、副委員長選挙に立候補した渡辺も落選し、原告批判派であった仲地が書記長に当選するなどし、右定期大会以降被告執行部が原告批判派によって占められることとなった。

なお、右定期大会では、原告以外に委員長の立候補者がいなかったため、執行委員長は欠員となり、同月二五日の役員補欠選挙で植田勝博が執行委員長に当選するまでは、副委員長に当選した吉村晶久が委員長代行を務めた。一方、財政部長は、右第三五回定期大会の後も、後任の川口弘が同年三月五日に引き継ぐまでの間は、渡辺が務めていた。

(二) 被告は、その組合員であった富田林相互タクシー労働組合の組合員が分離独立したのに伴い、組合員数が減少したことから、組合書記であった八木を解雇せざるを得なくなり、前記第三五回定期大会において、同人の退職が承認された。

八木の雇用保険は、会社の従業員として手続がされていたところ、会社は、八木の退職に際し、手続上自己都合退職としての扱いしか認めないとの立場を取った。ところが、その場合、八木の失業保険は申請後三か月が経過しないと支払われないこととなるため、これを気の毒に思った側島は、平成五年二月末頃、仲地に対し、被告が労基署に遡及的に保険関係成立届を提出し、八木を雇用していたことにすれば、八木は失業保険をすぐに受け取ることができるので、被告において右手続(以下「本件手続」という。)を取ることはできないかどうか打診した。しかしながら、仲地は、八木の退職は前執行部が行ったことであるから関知しないとの態度を取ったため、側島は、原告及び渡辺に対し、右と同趣旨の話をした。

(三) 原告は、側島の話を聞き、平成五年二月末頃、仲地に対し、被告において本件手続を取るよう要請したが、仲地は、八木は会社の従業員という形になっているので、無理であるとしてこれを断った。そこで、原告は、渡辺と相談したうえ、八木が失業保険を直ちに受け取ることができるようにするため、自ら本件手続を行うこととした。

(四) 原告は、平成五年三月三日、側島から同日労基署に行く旨聞いたため、これに同行して本件手続を行うこととし、同日午前九時三〇分頃、渡辺とともに被告事務所へ行き、同所において、渡辺が、所持していた鍵を使用して事務所内にある金庫を開け、被告の了解を得ることなく、中にあった組合印を持ち出した。

なお、組合印は、組合事務所の金庫に保管されており、右金庫の鍵は、財政部長と書記長が一個ずつ保管していた。

(五) 原告及び渡辺は、平成五年三月三日の午前中に、側島及び竹之下次長とともに労基署へ行き、保険関係成立届及び保険料申告書に、「大軽タクシー労働組合執行委員長辻村勝」と記載し、その名下に組合印を押捺し、これらを提出した。なお、その際、原告は概算保険料七万九五五〇円を支払ったが、右金員を被告に請求することはしなかった。

(六) 原告は、平成五年五月二一日、被告の了解を得ることなく、労基署に対し、同年三月三日に届け出た(ママ)事業所を廃止する旨届け出た(以下「事業所廃止届」という。)。その際、原告は、届出書(保険料申告書)に、「大軽タクシー労働組合執行委員長辻村勝」と記載したが、その名下には原告個人の印鑑を押捺した。原告は、その後六万九二二七円の保険料の還付を受けた。

2  これに対し、原告は、本件手続は、仲地の了解を得て行ったものであり、組合印も同人の承諾を得て借り受けたものである旨主張する。

(一) 原告は、右主張の前提として、財政部長であった渡辺は、前記第三五回定期大会で落選した直後、仲地に対し、組合印の保管されている金庫の鍵を返却しており、組合印を持ち出すためには、仲地の承諾が不可欠であった旨主張し、証人渡辺及び原告本人は、仲地らは当時前執行部が不正を行っていたと主張していたため、疑念を受けないように鍵を返却したとして、これに添う供述をしている。

しかしながら、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、渡辺は、前記第三五回定期大会で落選した後も、同年三月五日に引継を行うまでの間は、財政部長として現実にその職務を行い、金庫から金銭の出し入れを頻繁に行っていたことが認められるところ、原告の主張するように、疑念を受けないために金庫の鍵を仲地に返還したというのであれば、その後も渡辺が財政部長として自由に金銭の出し入れをすることができたというのはいかにも不自然であり、証人渡辺及び原告本人の各供述はにわかに信用することができない。

なお、証人渡辺は、平成五年二月九日から同年三月五日までの間に組合事務所において金銭の出し入れを行ったのは、同年二月一五日及び同月二五日の二日間だけであり、いずれの日も仲地から鍵を借りて業務を行った旨供述するが、(証拠略)によれば、同年二月一〇日から同年三月四日までの間に、右二日間以外の日付で発行されている出金伝票が多数存在するにもかかわらず、同証人はそれらについて合理的な説明をしておらず、右供述は信用できない。

(二) 以上のとおり、平成五年三月三日当時、渡辺が金庫の鍵を仲地に預けていたとする事実は認められないのであるから、右事実を前提とする原告本人及び証人渡辺の供述は採用できないといわざるを得ない。さらに、右両名の他の供述も、組合で手続をしてほしい旨の側島及び原告の要請を直前まで拒絶していた仲地が、平成五年三月三日には何の異論もなくこれを承諾したとする点や、労基署及び職安において、原告が既に執行委員長ではない旨話して手続をしたとする点など、それ自体不自然な点が含まれるのみならず、本件手続を仲地の承諾を得て行ったとする原告の主張は、〈1〉仮に被告の承諾を得ていたのであれば、手続書類を被告に引き渡し、また原告が払い込んだ保険料を被告に請求することができたはずであるのに、原告はこれをしていないこと、〈2〉被告の承諾を得ていたのであれば、平成五年五月二一日に提出した事業所廃止届にも組合印を使用できたはずであるのに、原告はこれを使用していないこと、〈3〉原告は、同年一〇月の明番者集会における弁明において、被告あるいは仲地の承諾を得て本件手続を行った旨の弁解を全く行っていないこと等の事実に照らしても不自然であり、以上述べたところを総合すれば、結局本件手続を被告あるいは仲地の承諾を得て行ったという原告の主張は採用できず、本件手続は、原告が、当時組合印の保管されている金庫の鍵を所持していた渡辺が持ち出した組合印を使用して、被告の承諾を得ることなく行ったものと推認するのが相当である。

なお、原告は、平成五年三月三日の午前中、仲地は組合事務所におり、原告らが同人に知られずに組合印を持ち出すことは不可能である旨主張するが、(証拠・人証略)によれば、組合事務所は相当の広さがあるうえ、仲地は金庫のある部屋とは異なった部屋で作業していた可能性が高いことが認められ、必ずしも同人に知られずに組合印を持ち出すことが不可能であったとは断定できないのみならず、場合によっては財政部長限りで組合印を押捺することが認められていたこと(この事実は、〈人証略〉によって認めることができる。)をも考慮すると、当時財政部長であった渡辺が金庫を開けて組合印を持ち出すことは、特に不自然なことではなかったと考えられるから、原告の右主張は採用できない。

3  以上のとおりであるから、原告が組合印を無断で持ち出して使用したことを理由とする本件陳謝処分及び右処分に従わなかったことを理由とする本件権利停止処分は、いずれもその理由において相当なものであるということができる。

三  争点3について

1  (証拠略)によれば、被告の組合規約には、次のような規定がある。

第一一条(組合員の権利) 組合員は左の各項の権利を有する。

(中略)

十、規約に基づいて懲罰に対し弁明すること。但し、懲罰による権利停止者は期間中この限りではない。

第三四条 組合員は次のいずれかにあたり組合の利益を著しく害したるときは、大会又は中央委員会の決議により処罰する。

一、綱領、規約、決議に違反したとき。

二、統制を紊したるとき。

三、組合の名誉を毀損したるとき。

四、正当なる理由なくして三ヶ月以上の会費を滞納したるとき。

第三五条 罰則を適用する行為ありたるときは必要に応じ、中央委員会及び執行委員会の承諾を得て、懲罰委員会を設置することができる。

懲罰委員会の構成 中央委員三名、一般組合員四名とし、選出方法は組合員の直接無記名投票により選出する。

第三六条 懲罰委員会の任務は公正なる立場に立って事実調査を行い、その答申を各機関に報告しなければならない。

第三七条 懲罰の種類は次の四種とする。

一、戒告 但し、戒告とは中央委員会に始末書を提出せしめ、今後を戒める。

二、陳謝 但し、陳謝とは中央委員会に陳謝文を提出せしめ、中央委員会が公示する。

三、権利停止 但し、権利停止は二か月以上三年までとし、三年を越える権利停止を行ってはならない。

四、除名 但し、除名については大会に付託する。

2 当事者間に争いのない事実、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告が本件各処分をするに至った経緯は次のとおりであると認められる。

(一)  労基署から、平成五年五月頃、被告に対し保険料申告書が送付されてきたことから、被告は、同月一八日、労基署に赴いて調査したところ、原告の名で被告名義の保険関係成立届が提出されていることが判明した。

そこで、被告は、同月二五日付けで、労基署長に対し、保険関係成立届を抹消するよう求める申入書を提出した。

(二)  そこで、被告は、原告、渡辺及び被告の前書記長である井上義雄に対し、平成五年六月二日付けで、保険関係成立届を提出したか否か等について書面で回答を求める旨記載された「回答依頼書」と題する書面を送付したが、原告は、回答しなかった。なお、右書面には当時被告において問題となっていた、八木に対する退職金二重支給問題及び退職年金規定廃止問題に関する弁明を求める旨も併せて記載されていた。

(三)  平成五年六月三〇日に開催された被告の中央委員会において、原告の処分問題が討議され、その結果、労基署から呼出があるときに中央委員会議長が同席し、原告の弁明を聴くこととされた。

(四)  労基署から被告及び原告に対し、平成五年七月一二日付けで、労働保険成立に関する問題につき事情を確認するため、同月一六日に来署されたい旨記載された文書が送付された。

しかしながら、原告が右日時に労基署に出頭しなかったため、被告三役及び被告中央委員会議長が労基署の係員と面談した。

(五)  被告は、さらに原告の弁明を聴くため、平成五年九月二五日付けで、八木に対する退職金の二重支給、退職年金規定の廃止及び労基署に対する保険関係成立届等の提出につき、明番者集会で弁明するよう通告する書面を原告に送付した。原告は、平成五年一〇月四日から七日にかけて開催された明番者集会に出席し、右事項について説明したが、保険関係成立届等を提出したことに関しては、「当事者としての責任上手続したものであり、永年勤めた人に最小限の手を尽くすのがなぜ悪いのか、またこの件で誰が損をしたのか、誰に迷惑をかけたのか知りたい。」旨の弁明をした。

(六)  被告は、平成五年一一月二八日に開催された中央委員会において、原告が無断で組合印を持ち出し、これを使用したことを理由として、原告に対し本件陳謝処分を行うことを決定した。なお、被告は、右中央委員会開催に先立ち、原告に対し、同委員会に出席するように求める旨記載された中央委員会招集状を、原告の名札に添付する方法(以下「面着」という。)により交付したが、原告は、右中央委員会に出頭しなかった。

仲地は、同年一二月一五日、原告に対し、本件陳謝処分の通告書を手渡そうとしたが、原告はこれを拒否し、被告の処分に従う意思がない旨述べた。

(七)  そこで、被告は、さらに原告の処分について討議するため、中央委員会を召集することとし、平成五年一二月一七日、原告に対し、重ねての処分を行わざるを得ない状況である旨、中央委員会を同月二五日に開催する旨及び弁明のために右委員会へ原告の出頭を求める旨記載された通告書を送付した。さらに、被告は、同じく同月一七日頃、原告に対し、右中央委員会が原告の懲罰問題を討議する場であり、弁明のために必ず出席するように求める旨記載された中央委員会招集状を、面着により交付した。しかしながら、原告は、同月二五日に開催された中央委員会に出席しなかった。

そこで、被告は、右委員会において、原告が本件陳謝処分に従わないことを理由として、原告に対し、本件権利停止処分を行うことを決定した。

3 以上の事実を前提に検討する。

(一)  組合規約には、組合員の権利として、規約に基づき懲罰に対し弁明する権利が定められているが、他に弁明手続について定めた規定は、懲罰委員会の設置について定めた第三五条以外には存在せず、右第三五条も、懲罰委員会の設置を義務づけているものではないことから、被告が組合員に対し懲罰を行うに際しては、常に懲罰委員会を設置しなければならないものではなく、実質的に弁明の機会が確保されていれば足りるものと解するのが相当である。

(二)  以上の見地からすると、被告は、本件陳謝処分をする前に、原告に対し、平成五年六月二日付けの書面で保険関係成立届を被告に無断で提出したかどうかについての弁明を求めたが、原告はこれを受け取りながら回答せず(なお、原告本人は、井上から仲地に対し口頭で回答した旨供述するが、証人仲地はこれを否定しており、他に右事実を認めるに足りる客観的証拠もないから、原告本人の右供述は採用できない。)、さらに、同年一〇月に行われた明番者集会においても、被告は原告に弁明の機会を与え、原告も現実に弁明を行ったという経緯に鑑みれば、本件陳謝処分に関し、原告に実質的な弁明の機会が与えられていなかったとはいえない。

また、本件権利停止処分に関しては、原告は、面着及び郵便により、原告の処分について討議する中央委員会への出席通知を受けながら、右委員会に出席しなかったのであって、原告は、弁明の機会を与えられながら、自らこれを放棄したものというべきである。

以上のとおり、本件各処分に当たっては、原告に対し、実質的な弁明の機会は与えられていたというべきであるから、本件各処分は、手続面においても、何ら組合規約に反するものではない。

なお、平成五年七月一六日に行われた労基署における事情聴取は、これが本件陳謝処分に関する弁明の場であることを原告が的確に認識し得たかどうか疑問であるから、右事情聴取を弁明の機会と捉えることはできないというべきであるが、これにより、右認定が左右されるものではない。

(三)  これに対し、原告は、被告の与えた弁明の機会においては、原告が組合印を無断で持ち出した点については何ら触れられておらず、また、処分を前提としたものである旨が明示されていなかったから、組合規約に基づく弁明の機会とはいえない旨主張する。

しかしながら、平成五年六月二日付の回答依頼書(〈証拠略〉)には、「委員長の職責を無視して届を提出されましたか。」との記載があり、また、末尾には、「回答の有無にかかわらず組合としての対応はします。」と記載されているのであるから、これを読めば、問題とされているのが被告に無断で保険関係成立届を提出したことであり、これに対し、被告が何らかの処分を含む対応を検討していることが一見して明らかである。したがって、組合印の無断持ち出しという事実が明記されていないからといって、弁明の対象が明らかにならないとは到底いえないというべきである。

また、明番者集会での弁明を求める平成五年九月二五日付けの書面(〈証拠略〉)には、冒頭に「九三年六月二日及び八月一八日と二度に渡り、書面による回答を依頼いたしましたが、未だに回答を受け取っておりません。」と記載され、回答を求める事項として、「何故、労働基準監督署に、事業所開設届を一年間遡及してまで、提出したのですか?」と明記されていたのであるから、原告は、従来の経緯からみて、これが保険関係成立届を無断で提出したことについての弁明を求めるものであり、これにつき何らかの処分があり得ることを当然に理解できたというべきである。

以上の諸点を考慮すれば、被告の与えた弁明の機会が、本件各処分を前提としたものではなかったという原告の主張は理由がない。

4 以上に述べたとおり、本件権利停止処分及びその前提となる本件陳謝処分が組合規約の定める弁明の権利を無視して行われたものであるとはいえないから、争点3に関する原告の主張も理由がない。

四  結論

以上の次第で、本件訴えのうち、本件陳謝処分の無効確認を求める部分は不適法であるから却下し、原告のその余の請求は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官 仙波啓孝)

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